2017年11月
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2017年11月17日 (金)

辻子 −猿屋辻子ー

 辻子に面する、北側の上堀詰町・本町新五町目、南側の下堀詰町・本町五町目との境界となっている小路です。

猿屋辻子

Photo

 『京都坊目誌』の「上堀詰町」項に、「因云 當町より本町通に通ずる小街あり。之を猿屋辻子と字す。」と記しており、この辻子は鞘町通と本町通の間を通っている。


上堀詰町の仁丹町名表示板

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 やはり『京都坊目誌』によれば、この一帯の元は磧地(河原)を開拓して耕地とした所。延宝の頃になってから人家を建て連ね、上・下堀詰町の名が付されたようで、この西側の地は河原田町と云ったが明治2年に堀詰町に合併したと云う。

 また、「鞘町通」は、天正慶長の頃に開けたようで、当時は刀剣の鞘師と柄巻き等の織工が居住したことが通り名の起りとする。

 「本町通」は、五条通の本町一町目を起点として二十二町目を経て、その南は伏見となり橦木町に至る。橦木町のすぐ南は京町通に接続していて、かつての伏見城下の中心に通じていた。このため、伏見街道とも称された。


2017年11月10日 (金)

暖簾いろいろ その20

麩 嘉
 上京区西洞院通椹木町上ル
 京生麩・麩まんじゅう

 (夏バージョン)

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 (秋〜春バージョン)

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豊和堂
 上京区室町通丸太町上ル
 染織製品の製作と販売

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風伝館
 上京区室町通丸太町上ル
 アミタグループの施設(京町家を改装した建物)
 1階はイベントやミーティング会場として貸し出し
 2階はアミタミュージアム

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2017年11月 3日 (金)

看板いろいろ その17

とり市老舗
  中京区寺町通三条上ル
  京旬野菜・京漬物・佃煮

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一保堂茶舗
  中京区寺町通二条上ル
  茶

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茨木屋寺町店
  中京区寺町三条上ル
  蒲鉾など練り物
  看板の書は江馬天江(書家・詩人)

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永楽屋室町店
  中京区室町通蛸薬師上ル
  和菓子・佃煮

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2017年10月27日 (金)

辻子 ー櫻の辻子ー

櫻の辻子

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 五辻通の、浄福寺通と智恵光院通の間を東西に通っている・・・と見ています。
 そして、位置としては一色町と五辻町を通貫していると考えます。

 その理由は次の通りです。
 『京羽二重』には、「櫻の辻子 しやうでんの辻子の南の町なり」と記します。
 そして、「しやうでん辻子」の位置は、「大宮どをり紋やの辻子のにし上る所」としています。
 さらに、「觀世辻子 大みやどをりあぐいんにしへ入所」と記しています。

 これら三つの記述をそのままに理解して、「櫻の辻子」は「しゃうでん(聖天)の辻子 」=聖天辻子通のすぐ南の辻子だとしてみましょう。
そうすると、そこは上立売通ということになり「観世辻子」に該当しますから、「櫻の辻子」ではあり得ないことになります。
 したがって、櫻の辻子は、聖天辻子のすぐ南の辻子(つまり上立売通)ではなくて、二筋南の五辻通と云うことになるはずだと考えるに至りました。

 なお、『京童』の記述からも、「上立賣通」の項で「あぐゐ通西へ くはんぜの辻子」としていますから、「櫻の辻子」は上立売通ではあり得ないことが判ります。

 ちなみに、「五辻町」の名称は亀山天皇の皇子守良親王が住んで五辻宮と称したことに由来する。また、「一色町」は室町幕府の守護大名、四職家筆頭であった一色氏の邸宅があったことに由来する。

2017年10月20日 (金)

空・光・水・風 その16

秋の雲 1

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秋の雲 2

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秋の雲 3

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朝焼け雲

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2017年10月13日 (金)

暖簾いろいろ その19

十宜屋
  東山区新門前通花見小路東入
  旅館

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天平堂
  東山区新門前通東大路西入
  古美術

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白碗竹筷樓    
  東山区新橋通大和大路東入
  中国料理
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美登幸
  東山区花見小路通四条下ル
  京料理

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2017年10月 6日 (金)

路地(ろーじ)ーそのいろいろー 22

4ヶ所のいずれも下京区で

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2017年9月29日 (金)

辻子 ー五葉辻子ー

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 五葉辻子は、本町通(伏見街道)の本町十一丁目から、東側にある滝尾神社社頭を東行して、東大路通までの間。
 本町十一丁目・五葉ノ辻町・雀ヶ森町を通貫しています。


滝尾神社本殿

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 五葉辻子はかつての「泉涌寺道」でしたが、現在の泉涌寺道は本町通を少しばかり北に行った所、一橋小学校と本町郵便局の間を東へ向かう道です。
 ちなみに、「本町十一丁目」の町名由来は、本町通の起点である五条通から十一町目に当たるからです。


本町十一丁目の仁丹町名表示板

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 本町通、本町十一町目の北端で本町十丁目との境にある宝樹寺の北側、かつてはここを東から西に今熊野川が流れ、鴨川に流入していたようです。その流路は現在では埋め立てられて細い道となっています。
 明治元年まではここに架かっていた石造の一之橋が、愛宕郡と紀伊郡の郡界となっていました。一之橋は古来有名な橋だったようで、元禄期の俳人宝井其角は「ほととぎす一二の橋の夜明けかな」と吟じています。
 伏見街道(本町通)の十一町目から十八町目までは、かつての法性寺の寺域を通っていたようで、この間に架けられた橋が一之橋・二ノ橋・三之橋と称された。しかし、廃寺となってからは東福寺領となりました。(法性寺は浄土宗西山派に属する寺院だったそうです)

2017年9月22日 (金)

看板いろいろ その16

繪 惣(上羽繪具) 
  下京区東洞院通高辻下ル
  日本画絵具
  宝暦元年(1751)の創業とか

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西田松月堂
  下京区北小路通西中筋東入
  表具表装

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西 利
  下京区堀川通七条上ル
  漬物

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帯屋捨松
  上京区笹屋町通大宮西入
  西陣織帯
  創業は安政年間とのこと

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2017年9月15日 (金)

暖簾いろいろ その18

いづう
  東山区祇園清本町
  すし

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ぎおん斎藤
  東山区新門前通大和大路東入
  和装品

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祇園おくむら
  東山区切通し四条上ル
  フランス料理

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祇園吉今
  東山区新門前通大和大路東入
  旅館

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