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2011年5月

2011年5月30日 (月)

看板 ークスリ その1ー

そめいさん(蘇名散) 

 奥溪家 =キリシタン大名大友宗麟を祖とする御典医をつとめた= の下屋敷は江戸時代の町家様式を今に伝えているとして、京都市指定建造物となっている。
 この看板は長屋門から見えている。
 《官許 根元本方 そめいさん 産おさんご ちの道によし 梅軸軒製造》と、ある?
 蘇名散は婦人病に効能があったらしい。現在の奥溪家は製薬を業としておられる由。

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六神丸・仙丹

 六神丸は昔から家庭薬として常備する家が多かった薬で、100種以上あるようです。
 動悸・めまい・息切れ・気つけなどに効能がある。名前の由来は五臓六腑に効くと云うことから来ているようです。
 仙丹は、六神丸と似たり寄ったりの効能がある薬のようです。
 これらの看板は、六神丸では最も歴史があると称する老舗「亀田利三郎薬舖」の店頭にありました。

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ノモルザン錠

 武田薬品がかつて発売していた薬で、一般名は「合成ケイ酸アルミニウム」と云うそうです。
 効能は、「胃・十二指腸潰瘍、胃炎(急・慢性胃炎、薬剤性胃炎を含む)などの粘膜保護作用と症状の改善」だそうです。

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2011年5月27日 (金)

看板 ー飲料 その1ー

LAVIE ・・・と云っても、某NEC社のパソコンではありません。
 昭和35年に協和発酵工業から発売された、発泡酒「ラビー」です。
 ところが、味もイマイチで飲み助に支持されなかったのでしょう。数年で製造中止・撤退したそうです。
 日本は酒税が非常に高いため、近年もビール製造各社は販売政策上、第二のビール、第三のビールと次々に開発して、お国の租税政策に対抗して頑張っています。
 私たち消費者は、たとえビールもどきであっても美味しいモノであれば大歓迎です。

Lavie


Coca Cola
 1886年、米国ジョージア州アトランタ発祥。日本へは大正時代には輸入されていたそうです。
 ある意味ではアメリカ文化を代表する清涼飲料です。1960年代末から数年間、全国を席巻した学園闘争の頃は「米帝国主義の象徴」と云われたこともありました。
 そして、中毒になるなどと云われたこともありました。どちらも勿論ジョーダンですがね。

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ファンタ オレンジ
 これも亜米利加コカコーラ社のオレンジフレーバーの清涼飲料で、主に子供達が愛飲します。
 1958年の発売だそうです。
 《ゴックン! スッキリ ああ・・・おいしい》

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2011年5月22日 (日)

木屋町通(京都)

 先頃、河原町ジュンク堂書店へ行ったあと、夜の歓楽街木屋町通を昼間にぶらついてきました。

 木屋町通は、有名な豪商で土木技術者でもあった、角倉了以が慶長年間に開鑿した高瀬川の東岸に造成された狭い道でした。初期には樵木(こりき)町通と呼称される、材木・柴・薪・炭などを商う店が軒を連ねたようですが、やがていろんな業種の店も集まって京都における新しい問屋街となった、と本にはあります。

 そういう商人達を相手に、高瀬川に生簀を設けて生き魚料理を食べさせる料理屋が増え、生洲(いけす)町が生まれたようで、その名残を示す仁丹の町名表示板です。

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 次の写真は桂小五郎と芸者幾松が潜伏した所です。近くには他にも多くの史跡や碑などがあります。
いくつかの写真を載せておきます。なお、酢屋は坂本龍馬寓居址で海援隊屯所址でもあります。

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 最後に、仁丹の町名表示板をもう一枚。

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2011年5月20日 (金)

久方ぶりの出会いにトキメク

 先頃、所用で京都市内に出かけた時に、帰り道でキョロキョロしながら歩いていたら、久し振りに仁丹の町名表示板を見つけました。
このところ、そのためだけに歩き回っても空振りに終わっていたので、おもわず、「アンタ〜、こんな所にも居たんかいな〜!」と声に出てしまいました。
 傍を歩いていた女の人に怪訝な顔をして見られてしまいました。(^-^;
 発見数が650枚を過ぎた頃からスランプ状態で、当日もあまり期待せずに歩いていたので、いや〜、嬉しかったです。(v^ー゜)ヤッタネ!!

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