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2011年6月18日 (土)

辻子 ー膏薬辻子とその周辺ー

膏薬辻子(こうやくのずし)

 新町通と西洞院通の間を、四条通から綾小路通に抜けるクランク状に折れ曲がった細い辻である。幅は約2メートル長さは約160メートル。京都市指定有形文化財に指定された「杉本家住宅」の西側になる。
 ここは、平安時代中期の武将、平将門の首を晒したところという伝承があり、神田明神の祠もある。東京都文京区の神田明神(千代田区の神田神社ではない)と同じく平将門を祀る。
 のちに、空也上人がこの地に将門の霊を弔うため御堂を建てた。人々はこれを「空也供養の道場」と呼び、「空也供養」が転訛して「膏薬」になったという。
 註:『都名所圖会』には、「膏薬道場といふは、むかし四條の南、新町と西洞院の間にあり、今膏薬の辻子といふ。」とあります。(’18.9.4記)

【追記】『京町鑑』には、「㋟膏藥辻子 此辻子中ほど少し西へ曲る所迄を ㋟北膏藥辻子  此南を ㋟南膏藥辻子」とも記述しています。('15.10.29記)

《膏薬辻子とその中にある工房》

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《神田明神の祠 平将門の霊を祀る》

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《杉本家住宅 京都市指定有形文化財》

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《膏薬辻子にあった仁丹町名表示板》

* 二枚目の「矢田町」には誤記がある(西院→西洞院)
* 四枚目の木製「新釜座町」は、琺瑯製より以前のもの

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