2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

リンク集

無料ブログはココログ

« 辻子 ー下ノ森通沿いの辻子 3の1ー | トップページ | 辻子 ー下ノ森通沿いの辻子 3の3ー »

2012年3月24日 (土)

辻子 ー下ノ森通沿いの辻子 3の2ー

又之辻子ー三太夫辻子ー藍屋辻子

三太夫辻子(三田屋辻子とも)
 下ノ森通の仁和寺街道・下長者町通間をいう。二番町・鳳瑞町を貫通している。

Photo_7

 二番町と鳳瑞町の名称由来は前回記事「又之辻子」でも記したが、次の通り。
 二番町は、豊臣秀吉が聚楽第を建造する際、この辺り内野の地に大名でない武士達を纏めて住まわせた。六軒町通仁和寺街道を中心に7ブロックに区分して、一番から七番までの番号を付したのが一番町から七番町までの起源。
 鳳瑞町は、平安京大内裏が衰退した後、皇室や貴族の領地がこの地に分布していたので鳳瑞の名が生まれた、また随念寺長屋・西三軒町・双林寺屋敷・宝受寺屋敷の4字(あざ)を合して鳳瑞町としたとしたものもあるとのこと。

鳳瑞町の仁丹町名表示板
 下ノ森通の別名「相合ノ圖子」になっています

Photo_8

« 辻子 ー下ノ森通沿いの辻子 3の1ー | トップページ | 辻子 ー下ノ森通沿いの辻子 3の3ー »

仁丹町名表示板」カテゴリの記事

町名・地名の由来」カテゴリの記事

辻子(図子)・突抜」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 辻子 ー下ノ森通沿いの辻子 3の1ー | トップページ | 辻子 ー下ノ森通沿いの辻子 3の3ー »