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2012年6月15日 (金)

辻子 ーくちなはの辻子と延年寺辻子ー

くちなはの辻子

 現在の東大路通の八坂道と清水道の間で、玉水町と辰巳町を通っている。
 安井御門跡へ出る旧安井道で、往時の安井道は建仁寺東裏の薮を通る細い小道であったことから「くちなはの辻子」と通称された。くちなは(くちなわ)というのは蛇のことです。
 この安井道は安永年間に三間幅に拡幅されたらしく、更に明治45年からの東山通の整備と市電開通で様相を一変し、今では繁華で広い通りとなっている。

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玉水町(仁丹町名表示板)
 玉水と呼ばれる井泉のあったことが町名の由来となっているようだ。

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延年寺辻子
(寺の辻子とも)
 『山州名跡志』には、「延年寺辻子 西門ノ下ヨリ鳥辺野ニ出ル路是也」と、辻子の位置を記しています。
 *註:「西門」は清水寺の西門のことです。
 鳥辺山(鳥辺野)の延年寺墓地に通じる道であることが名前の由来か。

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 延年寺辻子を東山通りまで下り、五条坂を辿って行くと次のような仁丹町名表示板を見ることができる。

五条橋東六丁目(仁丹町名表示板)
 かつての遊行前南側町・遊行前北側町のほとんどが当町に入ったが、北側町の一部が「遊行前町」という名前で今も残っている。時宗の歓喜小路の門前に当たることが町名の由来とするが、洛中を転々としたのち今は山科にあるようだ。
 「遊行前町」の仁丹町名表示板は辛うじて読める。(そこが遊行前町だと知っている人だけ!)

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