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2012年8月24日 (金)

実在しない町名 2 ー仁丹町名表示板からー 

それは、北区の「大宮上野町」です。

Photo_3

 上賀茂社の南部から北西部にかけて広がる地域は、古代・中世に上賀茂社領とされて、河上・大宮・小山・岡本・中村・小野の六郷を賀茂六郷と称した。
 そしてこの内の大宮郷であるが、近世から明治のはじめまで、船岡山周辺から北に広がる一帯、紫竹・大門・上野・雲林院・門前の大徳寺境内5ヵ村、および新門前・三筑・開・薬師山・大宮森の5ヵ村を併せた10村を総称したものである。そして、大宮郷は明治5年(1872)東紫竹大門村と改称している。
 地名の由来は、大宮郷の域内に鎮座する久我神社が大宮と称されたため、あるいは平安京の大宮大路に因むとも言われるそうだが、確かなことは不明のようである。

 大宮郷の一村である上野村は、そのあと大正7年(1918)に「大宮」を冠称する「上野町」すなわち、「大宮上野町」と称した。
 そしてその後、昭和35年(1960)に冠称を「大宮」から「紫野」に変更して、現在は「紫野上野町」となっている。

今宮神社の「やすらい祭」
 旧大宮郷の上野地区(旧植野村)と雲林院地区(旧雲林院村)には「やすらい祭」が伝承されているということだ。
 5月の例祭に先立ち4月第二日曜日におこなわれるが、太秦の「牛祭」、鞍馬の「火祭り」とともに京都の三大奇祭といわれる。
 このやすらい祭は祇園御霊会や北野天満宮御霊会などとともに御霊会系統の祭礼で、民間信仰に根ざしたものであるため歌舞的要素の強い華麗な祭礼である。
 ここ上野地域からも着飾ったり仮装して、囃し・踊り回りながら今宮神社に参詣する。
 むかし、疫病は桜花の散る頃に疫神がいたずらをして廻り人を悩ますと信じられた。この祭はその疫神を鎮めるためにおこなわれたのが始まりといわれる。

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