追分・五条別れ・沓掛 ー街道の要衝ー
今回は京都にある三つの交通地名を取り上げます。
「追 分」の道標
道標の設置場所は、旧東海道が三条街道と伏見街道に分岐する箇所で、滋賀県大津市追分町と京都市山科区髭茶屋屋敷町の境界ともなっている。
碑文は、
東面に 「みきハ京ミち」
山科・蹴上げを経て、三条口(粟田口とも)に至る道。三条街道とも云い、東海道で東国から京へ、また、北国街道(北陸道)で北国から京へ、或いは東国から信濃や木曾など内陸部を中山道で京へと、いずれも近江の地で東海道に合流して京に入る主要道である。
*「京みち」は京の洛中に入る道を広くこう云った。したがって、伏見街道・竹田街道などもまた京みちと云っていた。
南面に 「ひだりハふしみみち」
伏見街道は宇治を通って大和へ向う街道であるがが、途中の宇治から伏見へと向う宇治街道につながっている。
北面に 「柳緑花紅」
柳が緑色に茂り、花は紅色に咲いている。春の美しい景色のたとえ。
西面に 「昭和廿九年三月再建」
原碑は琵琶湖文化館前に移設している。(但し、今は閉館しているようだ)
「追分」とは「相分れ道」で、道の分岐点を意味している。
そもそも、地名は人々が口にするうちに転訛しやすく、誤記や誤用も少なくない。
「あひわかれ」は、次のように「おいわけ」へと転訛したようです。(一説)
「a hi wa ka re」の語頭「a」が「o」に母音交替し、「ka」の母音と「re」の子音が脱落して「ke」となった。こうして「あひわけ」となり、さらに「おいわけ」へと転音したとされる。
この「追分」地名は各地に存在し、街道が分岐する要衝や旧関所付近にあるようです。
中山道と北国街道の分岐点にある20番目の宿場「追分宿」(現在の長野県北佐久郡軽井沢町追分)は著名。民謡「信濃追分」が有名で「追分節」の発祥地でもある。
「五条別れ」の道標
旧東海道(三条街道)から、渋谷街道を経て五条方面へ向う道の分岐点(山科区御陵中内町)に建つ。
碑文は、
北面に 「右ハ 三条通」
東面に 「左ハ 五条橋 ひがしにし六条大佛 今ぐ満きよ水 道」
*ひがしにし=東・西本願寺、六条大佛=方広寺、今ぐ満きよ水=今熊野清水
西面に 「願主 沢村道範」
南面に 「宝永四丁亥年十一月吉日」
*この道標が建立された年の翌宝永5年(1709)には、油小路通姉小路下ルの民家から出火して、10,351軒の商家・民家と御所や多くの寺社を焼いた宝永の大火が発生している。
江戸時代の京都では、宝永の大火、天明8年(1788)の団栗焼け、元治元年(1864)の「禁門の変」によるどんどん焼け、というように80年ごとに大火が発生しており、いずれも1万戸以上の町家が焼失していた。
「××わかれ(別れ)」の呼称は西日本各地で使われる。しかし、近畿では他で見かけることが無く、京都市に独特の地名なのだそうです。
大原の「野村別れ」「百井別れ」、上賀茂の「柊野別れ」、岩倉の「長谷別れ」、松尾の「山田別れ」などがあります。
「沓 掛」(地点案内標識)
現・国道9号線で亀岡に抜ける老ノ坂峠の手前にあり、大枝沓掛町が現在の地名である。奈良時代の古山陰道と平安時代以後の新山陰道のいずれも、京都から山陰地方へ向うときはこの地を通って行ったようです。
桓武天皇(平城京から長岡京・平安京に遷都した)の母は高野新笠という人ですが、この新笠の母が山城盆地西部大枝に勢力を張った土師氏(のちの大枝氏)の出身なのです。
沓掛とは沓(草鞋)を樹木に掛けた所。吉田東伍(歴史地理学会の創設者)は、「沓を掛けておく店の義、すなわち駅亭。諸国にこの名が多い」と云う。
そして、別の地名研究家は「この地名の半数例(34例中)は峠下の集落名である」とする。たしかに、この大枝の沓掛もまた老ノ坂峠の下に位置しています。
寺院の仁王門に巨大な草鞋の架けてあるのを見かけます。そして、昔は村境や村の入口に注連縄を張り大きな草鞋をぶら下げる慣わしがあったそうです。
「ここにはこのように大きな草鞋を履く荒神が居るぞ、だから中に入ってくるな」という意味で、疫病や悪霊など、村の平和・秩序を乱す邪悪なものが侵入するのを威嚇して防ぐためと云われ、道祖神のような役割を果たすようです。
そして、先に記した中山道「追分宿」の隣、19番目の「沓掛宿」もまた全国的によく知られています。
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