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2012年12月 7日 (金)

京 都 ー自転車道周辺を巡るー 1

 京都市周辺にサイクリングロードが一本あります。名称は「京都八幡木津自転車道線」で、嵐山公園から桂川沿いに天王山大橋南詰めまで下る。そして、宇治川と木津川に架かる御幸橋を渡って八幡市に入り、ここから木津川左岸を木津町の泉大橋に至る約45Kmのコースとなっている。

 その自転車道の周辺にも、平安京以前にまで遡るほど古い、歴史の舞台となったところがあちこちにあります。
 今回のシリーズではそれらを気の向くままに取り上げ、記事にしてみようと思いたちました。

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 まずは、嵐山周辺を見て廻ったあと嵐山公園をスタートして、桂川沿いに宇治川・木津川の三川合流点近くにある天王山大橋へ向うことにします。

「桂川」の名称

 桂川には多くの呼び名があり、古代には葛野川(かどのがわ)と通称し、また大井川・大堰川・西河(鴨川=東河に対する呼び名)・葛川などとも記された。なお、梅津付近では梅津川とも呼んだようです。
 今では、桂川は流域により呼び方が違っています。左京区広河原と南丹市美山町佐々里の境界となる佐々里峠付近を源流とし、諸川を合わせながら花背・京北にかけては上桂川、亀岡までを大堰川(大井川)、亀岡の保津町から嵐山にかけては保津川、嵐山から下流を桂川と呼んでいるようです。

 因に、その桂川(嵐山から下流)には次のような川が流入しています。

 瀬戸川・・・小倉山北方の鳥居本付近に発し、清涼寺の東を南流して嵐山・臨川寺の東で大堰川(桂川)にそそいでいる。古名を芹川と云い、大堰川にそそぐ手前の橋は芹川橋を称している。

 西高瀬川・・・渡月橋の東、瀬戸川が桂川に合流する付近の嵯峨樋口(嵯峨天竜寺角倉町)から桂川の水を取り入れ、三条通沿いに千本三条まで東流したあと、南流して下鳥羽で鴨川に合して、羽束師橋の北で再び桂川に戻る。

 有栖川・・・観空寺谷に発して瀬戸川の東方を流れ、大沢池の細流を合わせて梅津東方の上野橋下手で桂川に合流している。

 天神川(紙屋川)・・・北区鷹ケ峯大谷町付近を源流として、上京・中京・右京・下京を南流して南区吉祥院で桂川に合流している。なお、この天神川へは梅ヶ畑山中に発した御室川(別名鳴滝川)が合流、その御室川には鳴滝で高鼻川と三宝寺川が、さらに双ケ丘の南で西ノ川と宇多川が合流している。

 そして、下鳥羽で鴨川が合流した桂川は、橋本市・大山崎町・大阪府三島郡島本町の境界付近で宇治川・木津川と合して淀川となり大阪湾に至る。

芹川橋
 瀬戸川が桂川に合流する地点に架かる橋の名は「せりかわはし」、芹川は瀬戸川の古称です。

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嵐 山

 「嵐山」の地名は、松尾大社の境内摂社月読神社辺りの古地名、荒樔(あらす)が由来であるという。その「荒樔」は保津峡谷の急流「荒瀬」に由来し、大井川(桂川)は元は「荒樔川」で禊の川であったともいう。そして、荒樔山が嵐山に変化したといわれる。
 なお、明らかではないが一説に、山の桜や紅葉を吹き散らすからとも云う。
 以前、記事『嵯峨の有栖川』で触れたように、有栖川の有栖も荒樔・荒瀬のことであり、禊祓いの斎場を意味するという。

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 嵐山は全国に知られた観光地で、とりわけ紅葉の嵐山は洛西を代表する景色である。
 『拾遺集』にある藤原公任の、つぎの歌は有名です。

 朝まだき嵐の山の寒ければ紅葉の錦着ぬ人ぞなき

 平安の昔から嵐山は天皇や公卿に絶賛され、たびたび大堰川に行幸して「三船の宴」が行なわれたということです。
 三船の宴とは、「漢詩」・「和歌」・「管弦」の三つの船を仕立てて、それぞれに得意とする者が乗って宴遊したようです。

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