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2013年1月18日 (金)

京 都 ー自転車道周辺を巡るー 6

三川合流の地(京都と大阪の境界)

 桂川に沿って下ってきた自転車専用道は、天王山大橋の南詰めに至る。ここから、宇治川と木津川に架かる2つの御幸橋を渡った対岸は八幡市となる。
 そして、そのすぐ下流が京都府と大阪府の境界で、この辺りから下流は淀川と名前が変わります。

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Toriminngu_3

大山崎と八幡
 三川が合流して淀川となるところ、右岸に天王山、左岸には男山が向かい合う狭隘ながらも風光明媚なところです。そして、狭隘な地であるがために、古来から陸上・水上ともに軍事・交通の要衝地であった。
 現在は、右岸の大山崎町側にはJR東海道本線・東海道新幹線・阪急京都線・名神高速道路・国道171号・府道67号(西京高槻線)が集中し、左岸の八幡市側には京阪本線・府道13号(京都守口線)が並行している。

 「大山崎」については、以前に本ブログで『大山崎(山崎)その1〜3』として記事にしました。したがって、ここでは省略します。

 「八幡」の名は、全国にある八幡宮の総本社である宇佐八幡宮(現・大分県宇佐市)から、男山に勧請された石清水八幡宮の祭神である応神天皇の別称「広幡の八幡の大神」に由来するという。
 また、八幡市の西端に位置して大阪府と境を接する「橋本」の地名由来は、八幡と山崎の間に僧道昌が架橋し、のちに行基が架け直した山崎橋に因むといわれるが不祥。架橋されたところは交通の要衝となっており、川の畔には集落が発達して橋本と呼称されることが多かった。
 近畿でも和歌山県の紀の川沿いの橋本市、滋賀県の瀬田川に架かる勢多唐橋東詰めの大津市瀬田橋本町などは著名で、交通地名の「橋本」は他にも各地で見られる。

三川合流点付近
 天王山中腹の展望台から眺めたもので、ここから下流(右方)が淀川となる。

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 八幡市の御幸橋を渡ると、自転車道は木津川の左岸沿いをゴールの泉大橋(木津市木津町)まで遡ります。

木津川
 御幸橋から上流を望む、鉄橋は京阪本線。

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天王山
 八幡側から木津川越しに望む

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 木津川はこのすぐ下流で宇治川・桂川と合流している。
 木津川は鈴鹿山脈の南部と布引山地辺りの諸河川を源流とする。これらが上野盆地で合流して盆地の北部を西流、京都府に入ったあと南山城村(ここは京都府で唯一の「村」)で名張川が合流。木津町から北に流れを変えて八幡市橋本辺りで淀川となるのです。

石清水八幡宮

 開祖は奈良の大安寺の行教で、豊前国(大分県)の宇佐八幡宮のお告げをうけて勧請した。はじめに山崎離宮八幡に至り、のち男山に遷座した。
 男山は平安京の裏鬼門にあたるため、鬼気を祭祀して王城鎮護するという成立事情があった。このため、当初から賀茂社・松尾社などと並ぶ高い地位にあったが、天慶2年(939)頃の神階序列は伊勢神宮に次いで第二位の宗廟となり、朝廷からも厚く崇敬されたようです。

参道と本殿

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