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2013年3月15日 (金)

鴨川とその周辺 その2

糺 森(ただすのもり)

 糺森は下鴨神社(賀茂御祖神社)と河合神社の境内地の森で、賀茂川と高野川の合流点に位置しており、いまでは開発が進んで狭くなってしまっている。「糺」は平安時代からの地名で多々須・只洲とも書き、河合を「ただす」と読む場合もあったようです。森は多種の常緑・落葉広葉樹が混生しており、古代の京都盆地を覆っていた原生林の名残をとどめていると云われる。
 この森の中を流れているのが「瀬見の小川」です。

瀬見の小川

Photo

 糺森の木々は冬枯れして林床が明るく、小川の水面には空が映っている。

 「山城国風土記」(逸文)の賀茂伝説に、凡そ次のような記述があるとか。
下鴨神社祭神の賀茂建角命(かもたけつぬのみこと)が大和の葛城山から山代(山城)の岡田の賀茂(相楽郡加茂町)に遷った。そして、さらに木津川に沿って進み、葛野の河(桂川)と賀茂の河の合流点に至り、賀茂川を見渡して「狭く小さいが、石川で澄んだ川だ」と云ったそうです。
 こうして賀茂川に「石川の瀬見の小川」との別称がついたといいます。

賀茂社神官家の出である鴨長明は、瀬見の小川を和歌に詠んでいます(『新古今和歌集』)
 石川やせみのをがわの清ければ 月も流れをたづねてぞすむ

 最後の「すむ」は勿論、「住む」と「澄む」の掛詞です。
 なお、この賀茂建角命の娘である玉依日売(たまよりひめ)が産んだ男子が上賀茂神社祭神の賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)となる。
 また、この出生譚に類似した話が、賀茂社とつながりのある松尾大社にもあります。


出町と御土居

 河原町通今出川の一筋北を西行する道は「桝形通」という。これは現寺町通の東側を通っていた御土居(豊臣秀吉の都市改造で構築)の出入り口の構造が桝形になっていたことに因んでいます。


鯖街道入口の碑

 若狭(福井県)小浜と京都の出町柳を結んだ街道で、若狭で取れた海産物を徒歩により輸送した。

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松井酒造

 東一条通川端東入 エデルハイム鴨川
 創業が享保11年(1726)、「金瓢」「京千歳」などの醸造元。京都の醸造元のほとんどは伏見に所在するのだが、この蔵は旧市内と周辺に所在する数少ない蔵元の一つです。
 他は、俳優佐々木蔵之助の実家である佐々木酒造(日暮通椹木町下ル)で、明治26年(1893)の創業、「聚楽第」「古都」などの蔵元。
 もう一つ羽田酒造というのがあるが、これは比較的最近の平成17年(2005)に右京区に編入された京北町にあり、市内とはいうものの市街地からはチョット離れ過ぎています。

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