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2013年4月12日 (金)

鴨川とその周辺 その6

宮川町通(宮川筋)

 川端通の東側を四条から五条に通じる通りで、一町目から八町目まである。
 はじめから茶屋町として開発された遊興の地であったが、宝暦元年(1751)からは全域が宮川町遊里となった。

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宮川町筋の仁丹町名表示板

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五条橋と松原橋

 五条大橋の東、東橋詰町に京七口の「五条口」(伏見街道の出入り口)があった。
 現・五条通は平安京の六条坊門小路に該当し、二筋北の松原通が平安京の五条大路に相当するという。
 また、現・五条橋が架設されて五条通が開かれたのは近世に入ってからのことである。
 したがって、平安京の五条大路(現・松原通)の鴨川に架かっていた橋が、本来の五条橋ということになり、牛若丸と弁慶が出会ったのは現・五条橋ではなく現・松原橋ということになる。

現・五条橋西詰めに建つ牛若丸と弁慶の像

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平安京の五条大路(現・松原通)の鴨川に架かる橋

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河原院跡碑

 平安初期に左大臣の源融(みなもとのとおる)が、鴨川のほとりに営んだ広大な邸宅「河原院(六条院)」があった。
 陸奥国塩釜の素晴らしい風景を模して庭園を造った。ここを在原業平・紀貫之などなどが訪れて、美しい庭を歌に詠んでいる。
 現在、河原町を挟んで西側の「本塩竈町」は、明治4年(1871)河原院の塩竈の故事に因んで名づけられた。

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本塩竈町の仁丹町名表示板

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