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2013年11月 8日 (金)

辻子 ー三条通沿いの辻子を巡るー 7

 今回は、「衣屋辻子(ころもやのずし)」と「良恩寺辻子」です。

衣屋辻子(ころもやのずし)

Photo_11

 「衣屋辻子」は今小路町の中程を三条通から南行し、八軒町と土居之内町の境界を経て堤町で三条通南裏に至る小道。古川町通の東側に位置する辻子です。
 「今小路町」の由来は、知恩院創建の折に住民をここに移し、旧地名を称したという。
 「八軒町」は、開町当初にあった人家が八軒であったことによると思われる。
 「土居之内町」は白川の土居(土手・堤)があったことによる。
 「堤町」の町名由来は、白川の西堤にあたることによる。

良恩寺辻子花頂辻子とも)

Photo_12

 「良恩寺辻子」は、三条通岡崎路を南下して中之町、中之町と東町の境界を通貫する辻子で、良恩寺の北西角に至る小道。

良恩寺

Photo_14

 岡崎通三条の交差点は、かつて同所にあった十禅師社に因んで「十禅師(じゅうぜんじ)の辻」と称したようです。そして、この十禅師の辻を南北に通っている道(現・岡崎通)は、昭和初期までは「広道」と称した。
 因に、良恩寺辻子の北側(広道の三条通から北方)は白川筋までの間を鳥居小路と云ったが、これは粟田神社(粟田天王社)の鳥居前だからと云う説と、鳥居小路を号した青蓮院の坊官(家臣)が居住したことに依ると云う説があるようだが、後説が有力とされる。また、広道の白川筋以北を車大路と呼び、鳥居小路と共に青蓮院の管理する道であったそうだ。

「広道」名称は今も生きていた
 このバス停の他にも、すぐ近くの郵便局は「広道郵便局」だった。

Photo_15

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