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2015年6月

2015年6月26日 (金)

空・光・水・風  その9

 梅雨の蒸し蒸しとした不快な日が続きます。少しは気分転換して爽やかになれるかどうか

梅雨の月があって白い花  種田山頭火

 これは、山頭火が日記「行乞記」昭和7年6月14日条の末尾に書き留めている句です。
 この頃、山口地方を行乞しており、6月7日から8月26日までの88日間を主に川棚温泉の木下旅館に滞在していました。
 そして、川棚温泉に庵住することを望んで、行乞と作句の傍ら草庵を営むために土地を探していました。

泰山木の花
泰山木はちょうど梅雨の時期に花が咲き、20センチほどもある大きな白い花です。

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梅雨あかり、ぱつと花のひらきたる
 これもやはり川棚温泉滞在中で、「行乞記」同年7月8日条にある句です。

 しかし、強い願いを叶えるため奔走したにもかかわらず、結庵の交渉は失敗に終わってしまいました。そして、失意のうちに川棚を去ります。

けふはおわかれのへちまがぶらり
 川棚を去った8月27日の「行乞記」にある句です。

 ところで、気象庁の発表では、今年の近畿地方の梅雨入りは6月3日でした。そして、梅雨明けは例年より遅くて、7月20日頃となる見込みのようです。
 ちなみに暦の上での「入梅」は、今年は6月11日でした。この入梅は、太陽の黄経が80度に達する日だと云うのですが、私にはそれがどういうことなのかサッパリ解りません。
 アジア特有のこの雨期、日本では梅の実が熟する頃なので、「梅雨(ばいう)」と書きます。また、黴(かび)が発生する頃なので「黴雨(ばいう)」と書くこともあるようです。

入梅や蟹かけ歩く大座敷   一茶
紫陽花や藪を小庭の別座敷   芭蕉

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額紫陽花
 ガクアジサイはアジサイの原種で日本に自生していた。
 西洋にこの花を紹介したのはシーボルトで、日本人妻(愛人)である丸山遊郭の遊女「お滝さん」(本名・楠本滝)の名を採って「オタクサ」と命名したそうです。
 鞠状の大振りなアジサイは、ヨーロッパで改良された西洋アジサイで逆輸入されたものです。

雨ん〜中ぁ〜(添景)

Photo

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2015年6月19日 (金)

路地(ろーじ)ーそのいろいろー 8

今回の路地5件も下京区です。

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2015年6月12日 (金)

暖簾いろいろ その7

 (あお)
  室町通三条上ル
  和風フレンチレストラン

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とらや
 室町時代後期に創業して御所御用達をつとめたという。
 明治2年(1869)実質的な東京遷都に伴い、御所御用の菓子司「とらや」も多くの御用商人とともに東京へ移転。京都店はそのまま存置。

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万足屋きむら
  蛸薬師通麩屋町東入
  呉服悉皆屋・和装雑貨

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京の飴  いしざき
  下立売通小川西入
  「御所乃石」は9種類の飴を詰め合わせたものだそうです

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2015年6月 5日 (金)

辻子 ー本阿彌辻子(実相院辻子とも)ー

本阿彌辻子

 「実相院辻子」という別称もあったようです。
 上立売通堀川の一筋南を東行して、小川通に至る小路です。
 北舟橋町、実相院町、中小川町と実相院町・上小川町の境界、上小川町を通貫している。

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 辻子の名称は、実相院町・北舟橋町・堀之上町・水落町の一帯に、室町時代以来、本阿彌家の屋敷があったことが由来している。

本阿弥光悦卿屋敷跡碑

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 本阿弥光悦は俵屋宗達・尾形光琳とともに、琳派創設者として著名。今年の京都は琳派400年記念祭の行事が行なわれています。
 本阿弥家は刀剣の鑑定・研ぎ・拭いを家業とした。そして、光悦は寛永三筆の一人と称されるなど多才の芸術家として知られています。

中小川町の仁丹町名表示板

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