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2015年10月16日 (金)

辻子 ー常盤井辻子ー

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 この辻子は、武者小路通新町の一筋西を北行する小路です。
 現在は、常盤井図子町・元図子町を通貫して元誓願寺通に抜けるクランク状の道となっています。
 しかし、『京町鑑』には「常盤井辻子  此辻子ぬけ所なし」と記述しているのです。
 したがって、前回の記事で取り上げた「松並辻子」と同様、この辻子も元々は行き止まりとなっていたようです。
 
 辻子の名称と町名の由来に関わって、地誌から引用しておきます。
 『山州名跡志』には、「常盤井辻子 武者小路新町ノ西北ニ在リ 井水石ノ井筒有リ  土人ノ曰ク 後柏原院ノ皇子此ノ地ニ住ミ玉ヘリ  常盤井ノ宮ト號スト」と記します。
 そして「案スルニ常盤ハ不變ノ義ナリ」として、皇子が常に変わらず湧き出る清泉(常盤井)のある地に住されたことから常盤井宮と称したのだろうとしています。

 一方で、『京羽二重織留』には、次のように記しています。
「西の洞院一條の北にあり  今其所ときわ井の辻子と云  いにしへ常盤井の相國實氏公の第宅此所にあり  井水今にあり」とあって、やはり、常盤井の井水に由来するとしています。
 常盤井相國實氏というのは、鎌倉前期の公卿である西園寺實氏のことで常盤井相國と号していました。号は井水常盤井の湧く地に住いする相國と云うことなのでしょう。
 『京町鑑』でも、「此町  常盤井相國の御居館の舊地也」としています。
 太政大臣・左大臣・右大臣の唐名が「相國」なのです。しかし、ここでいう相國は、もちろん平安後期の武将である平相國清盛のことを指しているのではありません。清盛の亭は方広寺大仏殿の辺りにあり、別荘の八条殿は現在の西大路通八条にある若一神社(にゃくいちじんじゃ)一帯がその跡地に当たるようです。

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