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2015年11月14日 (土)

辻子 ー安楽光院辻子ー

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 寺町通の歓喜寺前町中程、東側の鶴山児童公園の南側から東へ加茂街道に至る。
 鶴山町(寺町通上御霊前から南下してくると東側)、北区出雲寺俵町と上京区出雲寺神楽町の境界を通貫している小路です。

 『京町鑑』に「歓喜寺前町 則此丁に歡喜寺と云禪寺有・・(略)・・其隣安楽光院といふ四宗兼學の寺あり  其となりに東へ行辻子あり下加茂へ行道也  其南に慈福寺・・(略)」とあります。
 つまり、歓喜寺(現・大歓喜寺)と慈福寺の間にかつて安楽光院と云う寺が存在し、その横に辻子が通っていたと云うのですが、この記述には辻子の名称は記されていません。
 しかし、辻子名の多くがそこに接して所在する寺社や殿舎の名称を冠して命名されているのが通例であることから、この辻子も私が勝手に名付けてしまいました。

 因に、安楽光院というのは持明院殿の持仏堂で、元は新町通上立売上ル安楽小路町の現・光照院の地に所在したのです。ところが、豊臣秀吉が天正年間におこなった京都改造で、寺町今出川の北に移転させられていたのです。
 現在では、皇室の菩提所である泉涌寺の塔頭来迎院に合しています。

安楽光院の旧地に建つ光照院

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