2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

リンク集

無料ブログはココログ

« 明けましておめでとうございます | トップページ | 看板いろいろ 番外編の1 »

2016年1月 8日 (金)

辻子 ー曼荼羅辻子ー

_01_4

 「まんだらの辻子」は、大宮通上立売上ル 一筋目を東行する小路です。
 樋之口町・蔓陀羅町を通貫している。
 なお、昔、蔓陀羅町は別名を「當麻裏町(たへまうらちょう)」と称していました。

 「蔓陀羅町」あるいは「當麻裏町」の町名由来は、元はこの地にあった天性寺の山号である曼荼羅山に因んでいます。
 その天性寺は豊臣秀吉によって移転させられ、今では寺町通姉小路下ルにあります。

 奈良時代の右大臣藤原豊成公の娘である中将姫が当麻寺で仏門に入り、曼荼羅(諸仏の悟りの境地を描いた絵図)をつづれ織りで織り上げたものが當麻曼荼羅(国宝)です。
 天性寺は開基の眼譽がこの中将姫の遺徳を偲び、大永年中に大和国の當麻寺から移建したとする。(『山州名跡巡行志』)

 
蔓陀羅町の仁丹町名表示板

_01_5

 『京町鑑』に、大宮通寺之内下ル二丁目の「樋口町 此町東へ入所は大北小路西町叉當麻町也」としているのが前回の記事にした「味噌屋辻子」なのです。
 そして、この記述に続いて「同南の方東入所は當麻裏町蔓陀羅町也」としているのが、本記事の「まんだら(曼荼羅)辻子」にあたります。

 

« 明けましておめでとうございます | トップページ | 看板いろいろ 番外編の1 »

仁丹町名表示板」カテゴリの記事

町名・地名の由来」カテゴリの記事

辻子(図子)・突抜」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 明けましておめでとうございます | トップページ | 看板いろいろ 番外編の1 »