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2016年5月

2016年5月27日 (金)

空・光・水・風 その12 

さくら 1

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さくら 2

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煌めく

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れんげ

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タンポポの綿毛

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木蓮の子たち

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2016年5月20日 (金)

辻子 ー竹屋辻子ー

竹屋辻子

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 この辻子は、堀川通の東側、寺之内通と上立売通の間を南北に通っていて、百々町・竹屋町・堀之上町を通貫しています。
 竹屋辻子について、『京羽二重』には「ほり川どをり寺の内どをり下ル所なり」との記述があります。

竹屋町の仁丹町名表示板

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 『京町鑑』には、「竹屋町 いにしへ竹屋殿といへる舊地ゆへ號す  當時北半町南半町二町にわかる  俗呼で竹屋辻子ともいふなり」
 『京雀』にも、「いにしへ竹や殿とて公家の住給ひしとにや」とある。
 これらの記述から、辻子名と町名の由来は、公家である竹屋殿の屋敷があったことに因むことが判ります。

百々町(どどちょう)の「百々」は地名であり、この地にある宝鏡寺は百々の御所とも呼ばれた。伝説によると、昔、百々某と云う武士の邸宅が、今の宝鏡寺の地にあったことが町名の起源と云う。

堀之上町の仁丹町名表示板

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2016年5月13日 (金)

辻子 ー山殿辻子ー

 この辻子、今では消滅しているのですが、「慈眼庵辻子」の東、「山名辻子」の南に位置したようです。今出川通堀川上ル西側に猪熊通と堀川通の間を東西に通っていたようで、北猪熊町・北舟橋町を通貫していた模様。
 なお、慈眼庵辻子と山名辻子については、以前(2012年2月10日)の記事『辻子  ー慈眼庵・石屋・山名の3辻子』をご覧いただければ幸いです。

山殿辻子

 現在、堀川通に面して立っている京都シティホテルの辺りを、東西に通っていたものと考えられます。次の写真は最寄りで撮ったものですが、現存しておればこのような感じだったかと思われます。

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北猪熊町の仁丹町名表示板

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 「北猪熊町」の町名由来は、猪熊の北にあることによる。そのため、猪熊通の北部を北猪熊通とも呼んだようです。
 また、この猪熊通は、鎌倉時代の仁治年間に関白藤原基実(近衞家の始祖)の邸宅である猪隈殿があったことに由来することから、猪隈通とも記されることもあったという。

 「北舟橋町」は、南舟橋町に対する呼び名ですが、往時、華族船橋家がこの地に住んだことが由来とされる。

 

2016年5月 6日 (金)

暖簾いろいろ その10

天鵞絨美術館
 上京区浄福寺通上立売上ル
 西陣の杣長 (上京区室町通上立売上ル東入)が開設するビロード展示施設
 天鵞絨(ビロード)は16世紀にポルトガルから日本に伝来し、その後、西陣、長浜の地で製造されるようになったという。

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織成館
 上京区浄福寺通上立売上ル
 (財)手織技術振興財団
 西陣織をはじめ全国各地の手織物などの常設展
 西陣の帯地製造業「渡文」の織屋建(おりやだち)に西陣織ミュージアムとして開設している。

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 織成館にこの暖簾も

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おりどの(洛陽織物) 
 上京区寺之内通千本東入
 着物・帯(西陣織)

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きのまさ
 紀之政呉服店
 上京区寺之内大宮東入ル

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