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2016年5月13日 (金)

辻子 ー山殿辻子ー

 この辻子、今では消滅しているのですが、「慈眼庵辻子」の東、「山名辻子」の南に位置したようです。今出川通堀川上ル西側に猪熊通と堀川通の間を東西に通っていたようで、北猪熊町・北舟橋町を通貫していた模様。
 なお、慈眼庵辻子と山名辻子については、以前(2012年2月10日)の記事『辻子  ー慈眼庵・石屋・山名の3辻子』をご覧いただければ幸いです。

山殿辻子

 現在、堀川通に面して立っている京都シティホテルの辺りを、東西に通っていたものと考えられます。次の写真は最寄りで撮ったものですが、現存しておればこのような感じだったかと思われます。

_01_4

北猪熊町の仁丹町名表示板

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 「北猪熊町」の町名由来は、猪熊の北にあることによる。そのため、猪熊通の北部を北猪熊通とも呼んだようです。
 また、この猪熊通は、鎌倉時代の仁治年間に関白藤原基実(近衞家の始祖)の邸宅である猪隈殿があったことに由来することから、猪隈通とも記されることもあったという。

 「北舟橋町」は、南舟橋町に対する呼び名ですが、往時、華族船橋家がこの地に住んだことが由来とされる。

 

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