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2016年7月 8日 (金)

辻子 ー宗仲辻子ー

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 堀川通寺之内上ル 一筋目を西行して行き当たりを寺之内通に抜ける鉤型の小路。
寺之内竪町・東西町を通っています。

 『京町鑑』は、「下天神町を南へ出る町を  妙蓮寺突抜町 叉一名宗仲辻子とも云」としており、妙蓮寺突抜町というのは現在の妙連寺前町です。

 『京羽二重』では、「宋忠辻子  天神の辻子にしへ入所」とする。天神辻子は、鞍馬口通堀川西入ル 一筋目を南行して堀川通に抜け、上御霊前通の少し南(寺之内竪町との境界)までをいう。

 『京都坊目誌』によれば、「寺之内竪町」の町名由来を「寺之内の竪(たて)にあり故に號く。寺之内と云ふは安居院の寺内と謂ふ意也」と記しています。
 そして、「東西町」については、「始め寺之町内と稱す。寺之内とは安居院の舊地を貫通し道路を拓きしより名とす。」とし、さらに「其後 寺之内横東半町  横西半町に分る 叉 北方に當町より折れて堀川に通する小街あり。突抜町と號す世俗妙蓮寺突抜と呼ふ。正徳四年の圖にそうくの辻子とあり。・・・(以下略)・・・」とあって、明治維新に上記の3町を合併して「東西町」となりました。
 そして、上記引用文中のそうくの辻子と云うのは、宗仲辻子のことと思われます。

東西町の仁丹町名表示板

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註:記事中の「安居院」とは
 平安末期の頃、延暦寺の里坊である竹林院のあった所とされるが、その所在地については現在の大宮通寺之内辺りとも大宮通上立売あたりとも云われるが不詳。
 この「安居院」の読み方には、あぐい・あぐいん・あごい等いろいろ見られるようですが、この地一帯の地名としても用いられてきており、現在の「前之町」は元禄9年刊「京大絵図」で見ると「安居院前町」となっています。
 なお、「安居院」という名称は、以後の辻子シリーズにおいても度々出てきますので、記憶に留めておいてください。

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