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2017年4月

2017年4月28日 (金)

暖簾いろいろ その15

わらじや
 東山区七条通本町東入
 うぞふすい(うぞうすい)
 秀吉がどうとかこうとか云うので創業は古い

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白碗竹快樓
 東山区新橋通大和大路東入
 中国料理

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きっさこ 和束
 東山区本町5町目
 京町家のカフェ
 
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ぎおん斎藤
 東山区新門前通西之町
 和装品
 170余年と云うから天保期の創業か
 

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2017年4月21日 (金)

辻子 ー刀の辻子ー

 一条殿町
 新町通武者小路下ルの西側にあったのではないかと思われるが不詳。

 『京都坊目誌』には、「近古此町西方に刀の辻子と字せる所あり。維新前廢す。寶曆町鑑に禁裏太刀師五十嵐和泉掾の居宅なりと」と記しています。
 つまり、中世には一条殿町の西方に「刀の辻子」と称した所があったが、明治維新の前に廃されたとしており詳細は不詳、大凡の位置を推定できるだけです。


刀の辻子があったと思しき辺りの様子です

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 上記引用文中にある『京町鑑』の「一條殿町」の項には、「此町に禁裏御太刀五十嵐和泉掾居宅有」と記しており、この刀師の五十嵐邸の所在したことが辻子名の由来であろうと思われます。

 「一条殿町」は、新町通一条上ルから武者小路通の間に位置する両側町です。
 中世のこの地に、一條殿の館があったことが町名の由来となっています。
 九條道家の三男実經がこの地に屋敷を構えて一條殿と称したそうで、その後に皇宮地に引き移ったあと町地になったと云う。

2017年4月14日 (金)

路地(ろーじ)ーそのいろいろー 19

中京区で
 紅灯緑酒の一隅

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2017年4月 7日 (金)

辻子 ーいさとの辻子ー

 智恵光院通寺之内から南行して、二筋目の通称聖天町通までの間。
 大猪熊町・古美濃部町・伊佐町を南北に通貫しています。

 なお、智恵光院通寺之内の一筋南、通称聖天町通を西行する道は「聖天辻子」です。

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 『京羽二重』には、「いさとの辻子」の位置を「しょうでんの辻子の北の町」と記しています。

 「伊佐町」については、『京都坊目誌』に「或は伊佐殿町と、叉俗に伊佐との辻子とも云へり」と記していて、かつては「伊佐殿町」とも称したようです。

 ところで、その「伊佐」「伊佐殿」の名称由来に関係するのですが、今出川通猪熊から大宮にかけて「元伊佐町」があります。
 『京都坊目誌』に、天文年間、足利義輝の家臣野本式部少輔輝久の妻の名を伊佐と云ったが、亡夫のためこの地に草庵を構え、自ら尼となって日蓮宗に帰依して妙法尼と号した。その俗名を採って伊佐殿と呼んだとして、その由来を記しています。

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