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2017年7月14日 (金)

辻子 ー鹿子屋辻子ー

 智恵光院通寺之内下ル 一筋目を東行して大宮通までの間。
 古美濃部町・新美濃部町・花開院町を東西に通貫しています。

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 『京町鑑』には、「新美濃部町 叉一名○鹿子屋辻子ともいふ」と記しています。

 『京都坊目誌』でも、「新美濃部町 亦世俗鹿ノ子屋ノ辻子と云ふ」と記しています。
 つまり、両書ともに鹿子屋辻子は新美濃部町のことであり、東西に通じる辻子だとしています。

 

 ところが、どうしたことなのか、『史料  京都の歴史』7巻「上京区」にある「図13 上京区域における辻子の分布」では、異なる個所を示しているのです。
 その図に示すところでは、智恵光院通の寺之内から南行して上立売までの間で、大猪熊町・古美濃部町・伊佐町を南北に通貫していることになっているのです。

 しかし、そうだとすると智恵光院通の寺之内通から聖天辻子東端までの間については、「伊佐との辻子」と重なってしまうと云う奇妙な恰好になってしまいます。ですから、これはちょっと採り難い考え方だという気がするのですが、どんなものでしょう。

 

 

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