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2019年9月 6日 (金)

悪王子と悪王子社

エーっ! 悪王子?
 八坂神社の境内、本殿の東側に悪王子社(摂社)があります。

 悪王子社
Photo_20190719154801
 「悪王子」という名前からは、何となく荒々しく粗暴で不吉な神といったイメージを持ちます。
 実はこの悪王子社、祀られているのは素戔嗚尊(スサノオノミコト)の荒御魂(あらみたま)なのです。
 神の霊魂には、荒御魂(あらみたま)と和御魂(にぎみたま)の二つの働きがあるとされていて、荒御魂は荒々しく活動的な作用をすると考えられました。
 古事記や日本書紀によると、素戔嗚尊は出雲国で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治したことから、「悪王子」の称号を贈られた尊敬される神様だったのです。

 ところで、この悪王子社は、最初に鎮座した地から八坂神社に遷座するまでには、以下のように幾度かの遷座を繰り返しています。


元悪王子町
 悪王子社ははじめ、素戔嗚尊の御魂を祀る八坂神社の摂社として、東洞院通四條下ル(現・元悪王子町)に建立されました。鎮座の年月については詳らかではありません。

 悪王子社小祀
Photo_20190719155401

 『京町鑑』には、「東洞院通」の項に「◯四条下ル  ▲元惡王子町 天正年中まで此町に惡王子社ありしを慶長年中に太閤秀吉公今の寺町四條祇園御旅所に移し給ひし也」と記しています。 
 しかし実際には、四條祇園御旅所に遷る前に、烏丸通五条上ル(現・悪王子町)の地に遷座しています。
 そのため、この東洞院通四條下ルの元鎮座地は「元悪王子町」と呼ばれることとなります。

 元悪王子町の仁丹町名表示板

Photo_20190906092001
 なお、平成10年(1998)この元悪王子町に小祀を設けて分霊が祀られましたが、駒札には悪王子社は「天延2年(974)建立」としています。
 また、この小祀の少し北方の西側には「悪王寺社之址」の石碑が建ち、鎮座の地であったことを示しています。


 悪王子社之址碑
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悪王子町
 次に悪王子社は、天正18年(1590)太閤秀吉の命により、東洞院通四條下ル(元悪王子町)から烏丸通五条上ル(悪王子町)に遷座します。町名は旧称を踏襲しました。
 『京町鑑』には、「烏丸通」の項で「◯萬壽寺下ル  ▲惡王子町 此町いにしへ惡王子社ありし舊地也」と記しています。
 ちなみに、『京都坊目誌』は、この悪王子町について「此地は稲荷神社の氏子なるも、本町のみ八坂神社の神事に加はる、今猶然り、蓋し古例に據るなり。」と記しています。
 つまり、松原通が祇園祭と稲荷祭の境界だったのですが、悪王子社が所在したことから祇園祭の前祭で神輿臨幸の際には、この悪王子町から神供を備える神事に参加していたという。
 かつて昭和30年(1955)までは、祇園祭前祭(下祭)の山鉾は松原通も巡行していました。


祇園御旅所

Photo_20190719160001

 次いで、慶長元年(1596)に四条寺町の祇園御旅所へ遷座します。
 『京都坊目誌』に、「御旅宮本町にあり。今詳ならす。慶長の初め豊臣氏の命に依り。四条旅所内に移る。」とあります。
 『京町鑑』「◯寺町東入 ▲御旅町」の記述によれば、当時の祇園御旅所は四条通を挟んで北側と南側の両方にあったようです。
 そして、『都名所圖会』には、「惡王子社 御旅所北側にあり 祇園會神輿臨幸の時 烏丸通五條の北 惡王子町より古例によって神供を備ふ」としています。


祇園町南側の大和大路東南角
 次に遷座したのは、『京都坊目誌』によると「其後 祇園町大和大路東南角に遷る 年月詳らかならす天明火災後乎」としています。
 いま、お茶屋「一力」のある場所です。一力は、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』にも登場して、祇園でもっとも格式高く由緒あるお茶屋だということです。

八坂神社
 そして最後に、明治10年(1877)、現在のように第二摂社として八坂神社境内に遷座します。(八坂神社本殿の東側にあり西面する)
 『京都坊目誌』には、「明治十年四月。京都府令して。八坂神社境内に遷座し。第二攝社とす。」と記しています。













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