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2020年6月

2020年6月26日 (金)

路地(ろーじ) ーそのいろいろー 44

南区での4件

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2020年6月19日 (金)

福助人形

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「福助」について、『広辞苑 第四版』では次のように説明しています。
 ①幸福招来の縁起人形。背が低く頭が異常に大きい男性人形。ちょんまげに結い上下(かみしも)をつけて正座する。福の神。→叶福助(かのうふくすけ)。②福助のように頭の異常に大きい人。
「叶福助」を引くと、次のような説明がある。
 文化元年(1804)頃から江戸で流行し始めた福の神の人形。諸願を叶えるとして、茶屋・遊女屋そのた水商売の家などで祀った。甲子夜話九「ーと名づけて巨頭小軀なる土偶」

 この福助人形を商標として登録している会社があります。足袋をはじめとした繊維製品メーカーの「福助株式会社」が、明治33年7月18日に登録とともに社名を「福助」としていた。

 ところが、この「福助」というのが、発生と云うか由来がハッキリせず、次のように諸説があるのです。

① 京都の呉服商大文字屋主人の容貌
 江戸時代、京都に大文字屋という呉服屋があった。初代の村田市兵衛は、頭が大きく背が低かったので、「かぼちゃ市兵衛」とあだ名されたところから、転じて頭でっかちで背の低い人を言った。
 この話に酷似、というより同一と思われる話がある。
 京都の大文字屋という大きな呉服屋に頭の大きな小男の主人がいて、一代で大福長者になったが、町の貧民に施しをして助けたので、貧民たちが彼の像を作って報恩したのが福助人形の始めという。

② 中山道柏原宿にあるもぐさ屋の番頭
 滋賀県柏原の旧・中山道沿いに、「亀屋左京」という伊吹山の艾(もぐさ)を商う店があります。(滋賀県米原市柏原2229番地)
この店は「伊吹堂亀屋もぐさ」として、江戸時代初期の寛文元年(1661)の創業と謳っている。

《木曾海道六十九次の内  柏原》
 亀屋の店先、向かって右端に福助人形がドッカリと鎮座している。

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 歌川広重(安藤広重)が亀屋の店頭風景を版画絵に描いたもので、裃を付けて扇子を手に持ち、大きな頭に大きな耳たぶという福々しい姿の福助人形が描き込まれています。  
 そして、亀屋左京のサイトには次のような説明があります。
 「もぐさ屋の亀屋には福助という正直一途の番頭がいました。 創業以来伝えられた家訓をまもり、普段の日は裃を着け、扇子を手放さず、道行くお客さんにもぐさを勧め、どんなに少ない商いでも感謝の心を表しておべっかを言わず、真心で応え続けました。 耳たぶが異様に大きなこの人物の噂は一躍上方でも有名に。 噂を耳にした伏見の人形屋が、福を招く縁起ものとして番頭福助の姿を人形にうつし瞬くうちに福助人形は大流行。商店の店先に飾られるようになっていきます。」とあり、伏見人形になったというのですね。

③ 幸福を招来するという縁起人形の一種。
 背が低く、童顔で頭の大きい男性人形で、ちょんまげを結い、裃(かみしも)を着けて正座した形。江戸時代の享和期(1801〜04)頃に死んだ長寿の佐太郎という実在人物を模したものといわれている。佐太郎は摂津国の農家の生れで、身長約60cmぐらいの大頭の小人(こびと)であったが、見世物に出るなどして富を築き、幸運に恵まれた生涯をおくり長寿であったといわれる。
 佐太郎にあやかろうとして、〈叶福助〉という大頭の人形が売り出された。しかし、江戸ではすでに享保期(1716〜36)に、土製の福助人形が流行したという。

④ その他にも
 江戸の両国の見世物小屋に出ていた大頭で小男が、福助の名で大いに評判を呼んだ。
 江戸吉原の娼家の大文字屋の主人だった。

などという話もあるそうな。

 

2020年6月12日 (金)

空・光・風・水 その31

鴨 川

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アサヒビール大山崎山荘美術館

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2020年6月 5日 (金)

路地(ろーじ)に心惹かれて

 「道」は、「路」や「途」とも書きます。そして「道」には容易に数えられない程の同義語や類義語があります。
 「道」の中で、「路地」は人家の間を通る狭い通路であり、規模という点では最小・最短の道と言えるでしょう。
 ちなみに、京都では「ろじ」ではなく、「ろーじ」と発音しています。

 路地には通り抜けることができず行き止まりとなっているものが多く、そういう路地は住人や町内の人、また所用があって訪れた人だけが入れる私的な空間といった感じがします。
 なので、一般人が用もなく入っていくのは何となく躊躇を感じます。それが私道の場合には入り口にハッキリ、「関係者以外は立入禁止」と表示しているところもあります。

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 路地には行き止まりの袋小路ではなく、入った所とは違う所へ通り抜け出ることのできるものもあって、その形状も I 字型(真っ直ぐのもの)、L 字型やT字型、コの字型あるいは鉤型に折れ曲がっているものなどもあります。

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 面白いことには、路地という狭い空間でありながら地蔵堂やお稲荷さんを祀っていたり、店商いをしている所もあります。

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 このように、路地はその佇まいから独特の雰囲気を醸し出しています。
 家が一・二軒だけのこじんまりとした路地では、人の気配があまり感じられません。ひっそりとした雰囲気で、そこには違う速度で時間が流れているかのように感じます。

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 また、棟続きや棟割りの家々が何軒も並ぶ路地では、ひっそり閑とした中にも生活感が漂い、人々の暮らしぶりが何となく窺われるような感じがします。

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 いずれにしても路地とその中の家々は、民家・商家の建ち並んだ表通りとは全く異なる雰囲気を醸しています。
 ブログのための「市中見回り」では、このような路地を見かけることも楽しみの一つなのです。


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