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2021年2月12日 (金)

我が国初の有料橋?「一文橋」

 かつて、京都の東寺口(南区)から乙訓郡の山崎を経て、摂津国(いまの大阪府北部と兵庫県の一部に当たる)の西宮へと抜ける街道(西国街道)がありました。
 その道筋には現在も往時の名残りを残すところがあり、以前にこの街道を辿って記事にしたことがありました。

Photo_20210105153501
 この旧街道で、向日市と長岡京市の境界を流れる小畑川に架けられた橋を「一門橋」という。
 この小畑川は、現在の国道9号に平行する旧「山陰街道」老ノ坂旧峠の首塚付近を源流とする川で、大山崎下植野に至って桂川に合流している。

 ところが、かつての小畑川はしばしば氾濫を起こしていたようで、平安期の歴史書『日本紀略』にも記録されているそうです。
 この小畑川氾濫が、長岡京をその造営後わずか11年で放棄して、平安京に遷された理由の一つとする見解もあるようです。

 さて、「一文橋」に話しは戻ります。
「一文橋の由来」を記した石碑」

Photo_20210105153301
 大雨になるとかつての小畑川は堤防が壊れ、橋が流されるほどのいわゆる「暴れ川」だったということです。
 京と西国とを結ぶ主要街道に架かる橋であるため、大雨が降るたびに橋の架け替え費用を賄うのは大変なことでした。
 そのため、橋のたもとに料金徴収所をもうけて、橋を渡る通行人から通行料として1文ずつ徴収することにしました。これが「一文橋」の名前の由来で、日本で初めての有料橋だったかも知れないというのです。

 なお、現在では町名で「一文橋一丁目・二丁目」もあります。




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