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2021年3月19日 (金)

別の名もあった通り 1 ー正面通ー

 正面通は豊臣秀吉が天正14年(1586)、荒廃していた古の七条坊門小路の東に方広寺大仏殿を建立して、その正面を起点とする道として再開成立しました。これは天正中期の末以降のことです。
 現在の正面通は、東は大和大路通から西は千本通に至っています。しかし、大正5年(1916)刊の『京都坊目誌』によると、当時の正面通はその西端は大宮通の辺りまでだったようです。その西方の裏方町辺りからは、明治26年(1983)に幅3間(約5.5m)の道路に拡張されるまでは野道で、その左右は田畑だったということです。

方広寺大仏殿跡に建立された豊国神社から正面通を望む

Photo_20210306113901
 正面通には「御前通」「中珠数屋町通」という別名があったのですが、それがいつ、どうしてできたのかを順に見てゆきます。

 「御前通」といえば、普通は北野天満宮の東側を通っている南北の道を言い、その昔は「右近馬場通」と言われました。当時は寺之内通から北野天満宮の門前を経て下立売通辺りまでの道だったようです。
 ところが、『京都坊目誌』では「北野神社御前通と云ふ意なり。(中略)。西本願寺前に叉御前通あり」として、御前通りは2つあったと云うのです。
 ここで取り上げるのは、西本願寺の前を東西に通っている御前通です。


 天正19年(1591)正月、大坂天満にあった本願寺(現・西本願寺)は豊臣秀吉から京都への移転を命じられ、七条坊門堀川(現在の正面通堀川)に移ってきました。本願寺御影堂の前の道ということで、正面通には御前通という別名が生じ、西本願寺寺内町もできました。これは天正末期から文禄期にかけてのことと考えられます。もっとも、現在では御前通という通称が使われることはほとんどありません。

西本願寺 御影堂門

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 慶長7年(1602)3月、徳川幕府初代将軍の徳川家康から寄進を受けた土地、東六条の地に西本願寺から分かれて東本願寺が創立されました。

東本願寺 御影堂門

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 寛永18年(1641)6月、徳川幕府三代将軍の徳川家光から東本願寺東方の田畑や野原だった所に屋敷地を与えられ、ここに造立されたのが百間屋敷といわれた東本願寺別邸の渉成園です。
【註】「百間屋敷」は、屋敷地(南北は六条と七条の間、東西は東洞院と御土居の間)の中央に造立された100間四方の屋敷で、屋敷の周囲は枳穀(カラタチの木)で囲ったことから枳殻邸とも称された。

 そして、御前通りの東本願寺と渉成園の間には中珠数屋町通という別名がつけられ、ここに東本願寺寺内町が形成されました。これは慶長から元和・寛永にかけてのことだろうと考えられます。

枳殻邸(百間屋敷)

Photo_20210306114901

 このように、西本願寺・東本願寺・渉成園(枳殻邸)が造立されたため、御前通は分断されることとなりました。

 ということで、「中珠数屋町通」は御前通の一部の別名であり、その「御前通」は正面通の一部の別名ということになるのです。そして、御前通という呼称は西本願寺寺内町(古寺内)と東本願寺寺内町(新寺内)の両寺内の範囲での通称であったことが判ります。
 そうしたことを、宝暦12年(1762)刊の『京町鑑』は次のように記しています。
 「◯中珠數屋町通  一名御前通 △此通東は東本願寺百間屋敷にて行あたり 西は西本願寺前にて行當也」
 つまり、中珠数屋町通は御前通の別名であり、御前通は百間屋敷(渉成園)と西本願寺の間を言うとしているのです。そしてこの記述のすぐ後には、御前通に面した町々の名前を、東は廿人講町から西は珠数屋町まで列挙しています。


 ちなみに、『京都坊目誌』も同様に、「正面通 東は大佛方廣寺前に起り。西は東枳殻馬塲に至る。西にて凡中珠數屋町其西にて御前通に當る。大佛正面通と云ふ意なり。」と記しています。ただ、中珠数屋町通が御前通の別名であることに、直接には言及していません。
【註】引用文中の「東枳穀馬場」は、渉成園(枳殻邸)の東側で、現在では河原町通になっている。





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