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2022年8月19日 (金)

七福神信仰と町名

革堂(行願寺)の七福神石像

Photo_20220818111601


 七福神というのは写真の七福神像に見るように、(左から順に)恵比寿天・大黒天・毘沙門天・弁才天・寿老人・福禄寿・布袋尊の七柱で、福徳長寿をもたらす神をいう。(写真をクリックすると七福神の顔がはっきりと見えます) 
 初めは今のような七柱の神様で定まっていたわけではなく、寿老人のかわりに吉祥天や猩猩が入っていたこともあるそうな。

 七福神信仰は室町時代から江戸時代にかけて成立したもののようで、その発祥地は京都だということです。江戸時代中期に、聖数(縁起のよい数)とされる七の数に合わせて今のような七柱となったようです。現在でも新年には福徳を祈って七福神の社寺を巡拝する「七福神詣で」として人気がある。
 これら七柱の神様はその出自が国際色豊かで、恵比寿天だけが日本、大黒天・毘沙門天・弁財天はインド、福禄寿・寿老人・布袋尊は中国の神様だということです。

 ところで、京都には七福神の名前の絡んだ町名が数多く存在します。
 七福神の中でもとりわけ、蛭子町(恵比寿・夷・恵比須などと表記する場合もある)及び大黒町の二つの町が圧倒的に多い。
 そしてなぜなのか、蛭子・大黒の二つの町が隣接しているか、隣接していなくてもそれほど離れていない場所にセットのようにして存在していることが多い。これは案外単純に、縁起の良い恵比寿・大黒にあやかって対になるよう命名したのかもしれません。
 蛭子(恵比寿・夷・戎と表記することもある)は商売繁盛・福の神として広く信仰を集めていて、大黒は福徳の神として民間の信仰を集めている神様です。

 七福神は不老長寿・商売繁盛・五穀豊穣・家内安全・所願成就にご利益があるとして信仰された。七神の中でも大黒天・弁財天・毘沙門天・蛭子などが次第に神格化する中で、蛭子・大黒天は他の五神から抜きん出た存在となり、併祀されるようになったようです。
 七福神にまつわる町名は、他にも毘沙門・弁天(弁財天)・布袋があります。ところが、福禄寿と寿老人が絡んだ町名というのは全く見当たりません。

・・・と、ここまで書き上げてからふと気づいたのですが、七福神は以前にも書いたような・・・。
調べてみるとやはり書いていました。(ウーン!被ったなー。マーいっか)




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