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2024年2月 9日 (金)

疫神社(蘇民将来社)

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 疫神社は祇園祭で有名な八坂神社の境内摂社の一つで、西楼門の東(本殿の西側)にあります。蘇民将来を祀っていて、疫病を祓う神として崇められています。
 素戔嗚尊(スサノオノミコト)が南海に旅行をされたとき、日が暮れたので道のほとりで一夜の宿を求められた。そうすると蘇民将来(ソミンショウライ)と巨旦将来(コタンショウライ)という兄弟がいて、裕福であった弟の巨旦将来はこの願いを拒絶したが、貧しい兄の蘇民将来は快く尊を迎え入れ粟飯を供してもてなした。
 その後8年を過ぎて素戔嗚尊が8人の御子とともにまた蘇民の家に行き着いたとき、前に一夜の宿を借りた恩に報いようと蘇民に茅の輪を作るように仰られた。そして、近いうちに悪疫が流行るだろうが、その時は蘇民将来の子孫也と言って茅の輪を掛けるとこの災難を逃れることができるだろうと仰った。
 果たして悪疫が流行したとき、尊から忘れられない恨みに思われていた巨旦将来の一家は全滅したが、片や尊を喜ばせた蘇民将来の一家はその恩義を受けて無事であったという。

 疫神社の例祭は1月19日で、7月31日には夏越祭が行われるが社前の鳥居に茅の輪が掛けられ、これを潜るものは悪疫から免れるといい、参詣者には粟餅が授与される。
 疫神社の本社である八坂神社は近代以前は祇園感神院また祇園社と称しましたが、明治維新の神仏分離で今の社名となりました。祭神は素戔嗚尊で、分離令以前の祭神牛頭天王とは同体とされているようです。




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